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人を見限る瞬間

タイトルがブラックな感じですいません(笑)
お前は普段からこんなコト考えてんのか!って嫌われそうだなぁー。
(こういうのって特にお酒飲んだときにときどき考えちゃうんだよね)


でも結構本気で知りたい!


そりゃ全く同じ人間はいないんだから、人の数だけ考え方にも違いがあるってのは自明です。
私が許せないものを、それを偶然一緒に見ていたある人は許せてしまうかもしれない。
そしてその逆も然りというわけですね。

とはいえ、「こういうのはイヤだよね!」って誰からも言われてしまうものも必ずあります。
たとえば満員電車の中で化粧したり、大金貸したのに半年返してもらえなかったりとか。



でもそういうわかりやすいのは、議論しなくてもわかりきってるから良い。
(…まさか電車内で化粧するのを許せる人が私のマイミクにいるのか?)

私が知りたいのは、そういう誰が見ても明らかに不快なことじゃなくて、
「許せるか許せないか決められないグレーゾーン」から
「許すまじレッドカード」になる瞬間てのが
各人どういう時にやって来るのか……ってことなんです。


たとえばものすごく思わせぶりな人がいたとして、
ああこの人もしかして…w って自分も周囲の人も確信していて、
来るべき時のために作戦まで立てて、自信満々に実行したのに、
実は本人にそんな気はなく、先走った自分だけが恥ずかしいじゃん!
みたいな状況になったとき。
(陳腐な例え話でゴメンナサイ。実体験ではないよ!)


そういうとき、まず悪いのは誰なんですか?
思わせぶりなあの子ですか?
先走って自爆してしまった自分ですか?
そうでなければ、自分をけしかけた周りの人?

そして、仮に「思わせぶりなあの子」がどうしようもなく思わせぶりだったとして、
誰よりもその子が一番罪深い!ということになったとします。
もし自分だったら、その子のことを許せますか??
それは何故?

「あの子は酷いことをしたけど…タイプだから許しちゃうよ〜俺」なんて言う人もいるだろうし、
「顔は可愛いけど…ああやって人の気持ちを弄ぶ人は絶対許せない!」と言う人もいるでしょうね。
他にも「今後の行い次第だよ」とか、人によって意見はいろいろあると思います。




まぁこの例え話は陳腐だし、実際よく聞く話でもあるので良い例じゃないんですが、
19年間生きてきて「人を見限る瞬間」っていうのはたぶん他にもいっぱいあっただろう。

実は今も人を見限りそうになっていてとてもグラグラしています。
(でも鬱にはなってないよ!一応身も心も元気)


私の場合、「ちょっとこの人どうなんだろう…」と思う人というのは
物事に対してやる気があるのかないのか、いまいち計りかねるというタイプが多いです。
しかもそれが今まさに自分にとってものすごく重要な物事だったりすると、もっとダメです。
言動なり態度なり、もっと言えばにじみ出るオーラでもいいです。
やる気の片鱗がちらと見えれば、それだけで安心するんだけど…
それがないと、ちょっとしたことで見限りそうになってしまうからいけない!

今相手にしている人もまさにそんな感じで、一体何を考えてるのかよくわかりません。
自分もただただ「どうにかしなくてはいけない!」って思うばかりだし。
そして「その人を見限った」将来の自分を想像してみて、その根拠のない使命感が自分を責める。
心の中の天使と悪魔の会話みたいに「あなたそれでいいの?その人を見捨てていいの?」みたいな応酬が延々と…


こういうとき、自分のペースに相手を引きずり込むだけのガッツがあったり、
特別な干渉をせずともうまく相手のペースに付き合っていけたりできればいいなぁ。
それともあっさりと見限ってしまえる人間だったら良かったかな??




うーん話がわからなくなってきたから締めたい。

人を判断するときの判断基準
というといろいろあって迷うけど、
何か自分の中でルールみたいなものがある方、ちょっと教えてください。
そして、グレーゾーンに入るような相手が現れた場合、
どうやってそのモヤモヤを乗り切ってますか。


うーん乗り切りたい!
なんかタイミング逃した気がするけど、こんにちは。
どこで見限るか、ということですが、今のとこ他人を見限れたことがないです。
実は無意識で見限ってるのかもしれないけど、意識的にその人を否定することが上手にできない。
やる気ない人にいらつくことは多々あるけど、自分のやる気のあることにたまたまその人がやる気がないだけで、その人はほかの事にすげーやる気を注いでるかも知れないし。(見えないところにあるやる気の片鱗が見えるほどその人のことをよーくわかってるなんて思えないし。)自分だってやる気だしてない分野で人を不快にさせているかもしれないし。
そう思うと「自分は見限るだけの資格がないだろ。」って自分に矛先を向けます。
だから延々鬱で自己嫌悪スパイラルに突入します。
そのモヤモヤの脱し方もまだわかりません。モヤモヤしてるうちに違うモヤモヤが来て最初の忘れてくって感じかなぅ。
だからなんにも乗り切ってない、みたいな。

そのたとえ話(おもわせぶり)では「ああもう自分ばか!」ってなって勝手に恥ずかしくなって鬱になって終わる。たぶん。
度合によっては笑い話にする。
まぁ、ともかく誰の責任でもないと思う。
誰が悪いわけでもなくね?やっちまったい、ってだけで。

と、いうわけでうだうだとごめんよ。
基準と乗り切り方のアンケートだったはずが、両方解答は「自分はありません」とか、コメントの意味ねぇ!




ものすごい長いこと放置しちゃってごめんね!
最近自分のブログを見るのを忘れていて…。

そうそう、一見何事にもやる気を見せないように思える人って、実は違うことにすごく興味を持っているのかもしれないんだよね。私にはそれが見えてない(というか、知る由もない)だけで、もしそういう一面も知っていたら、その人を見る私の目は随分変わるだろうね。

ただ私の場合、そういう見えない一面があるかもしれないという可能性に気付きつつ、やっぱり、今目の前にしている事に対して一生懸命であってほしいと願う傾向があるらしい。それを相手に無理強いするのも嫌なんだけど、なるべく相手にも自分と同じ方向に向いてほしいと思って、いろいろシャカリキに働きかけてみたりする。大体そういうのは独りよがりで、徒労に終わることが多いのだけれど。

まぁ今回の一件は、なんとなく解決してきた気もするので…大丈夫です。まだモヤモヤも残っちゃいるが、だんだん自分の中で割り切れてきたよ。

コメントどうもありがとね。またよろしく☆
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